先日のことですが、ネットショップで業績をあげている方々の主催するセミナーが近所で行われるとのことで、勉強のために参加してみました。
少々遅れて会場に行くと、インターネットやネット販売のためのセミナーというより、なんだか自己啓発セミナーみたいな感じの講演が行われていました。
その講師の方曰く、「自分に自信を持つことが大事」だとか、「マスト(~しなければならない)よりもウォント(~したい)という気持ちが大事」だとか、そういった内容のことを話されていたのですが、最近の自己啓発関連においては、よく同じ様なことを耳にします。
ただ、”「~したい」という気持ちが大事”ということについて、言っている意味はよく分かりますが、私は正直なところ非常にナンセンスな話のように感じました。
もし本当に皆が好き勝手なウォントで生きることを認めるのであれば、とてもじゃありませんが周りの人達はたまったものではありません。
「海外に行きたいと思ったら、実際に海外に行く事が大事」
「美味しいものを食べたいと思ったら、実際にそれを食べることが大事」
その講師の方は「 ~したいと思ったことは、実際に実行する事が大事」と主張されていましたが、今の世の中は「自分の欲望をかなえることが幸せ」ということが前提の思想の下にありますので、そういうことは当たり前の様な話とも言えるでしょう。
しかし、そんな欲望を叶えることはキリがありません。
経済は成長のために次から次へと人の欲望を煽るようなマネをしますが、人はそれを叶えようとするがために、欲望に溺れたり、欲望に疲れたりするのです。
よく仕事が出来るとか、社会的に成功している、などといわれている人達に、みな共通していることの本質は”彼らがやりたいことをやっている”ということではない、とたいぞうは考えています。
彼らは皆、普通ならやりたくないようなことも「やりたい」と思える人達なのです。
人がやりたがらないようなことや、行動に起こすまでに今一歩踏み出せないような時も迷わず行動し、その行動によってより大きな快楽を得られることを、彼らは知っているのです。
「現状を変えずにいたい」「失敗せずにいたい」というウォントがあるために、普通であればやりたくないことを、「やりたい」と思えるように自らをコントロールしているわけなのですが、つまりは欲望を変換する能力が、その人にとっての幸せを導いており、その能力を持つことこそが、幸せの本質の一端であると言えるでしょう。
その変換の知恵を持たずにして「したいと思ったことをすることが大事」といっても、キリの無い欲望の前には、ただ疲れ果ててしまうだけです。
繰り返しますが、本当に幸せな人の本質には、海外に行きたいと思ったときに海外に行くことや、美味しいものを食べたいと思ったときに美味しいものを食べることが出来る所にあるわけではありません。
本当に大事な事は「欲望の変換を自在にコントロールできる知恵を持つこと」と言えるでしょう。
その知恵こそが、自分にとってだけでなく未来にとっても、共通して幸せを導くために大事な事だとたいぞうは考えています。
(玄米を主食に選ぶことにより、変換できる欲望の例をこちらのページに書いてみました)















