今から五百年以上前の日本人の食生活と同じ様に、玄米や玄米を荒く搗いただけの米を主食にして日々の生活を営むことは、人の身体の、特に内臓にとって様々な良い影響があるということを、皆さんはすでにご存知のことでしょう。
これまでたいぞうはホームページやブログなどで、玄米を食生活に取り入れる事で得ることのできる「人の身体にとっての様々な恩恵」を説明してきました。
そして今回は、玄米を食生活に取り入れる人達が増えることが、「また別のカタチで人にとって素晴らしい恩恵を得ることに結びつく可能性がある」ということを説明したいと思います。
玄米を食生活に取り入れる人達が増えるということは、玄米食用に適した米作りを推進することにつながるのですが、つまりそれは無農薬、またはそれに近い農法を手掛ける農家さんを応援することになります。
さらにそうした行動、農薬の使用を減らした農業を推進するという行動が、「様々な動植物たちが生きることの出来る環境」を取り戻すことに繋がり、そしてその環境こそが、この狭い国土であっても全ての国民がより良く生きるために必要な、真に豊かな国土となり得ることに繋がっていくのです。
これは「他の動物達が可哀想だから」などといった感情からくる「他の生物のために」という想いを叶えるための行動では決してありません。
また、「地球環境のために」というのも、本質を突いた答えとはならないでしょう。
本質的な理由として、様々な動植物たちが生きることが出来る環境を取り戻すことが、何よりも『人のための行動である』ということこそを、私たちは理解する必要があるのです。
「今」を生きる人達にとっては、例えば消費者であれば、虫が居るような野菜は気持ちが悪いという理由から「とにかく今の自分が食べる野菜には虫が付いていない方が良い」と考えてしまうのは当然かもしれません。
また、生産者であれば「虫の被害にあって今の自分が損害を受けるくらいなら農薬を使用した方が良い」と考えるのは当然なのかもしれません。
ただ、「今」の自分たちは良くとも、そうして「今の自分達の利益」を優先しているうちに、周囲の環境はどんどん変化していき、気がつけば人が生息するための環境として使い物にならなくなってしまう、ということを私達は知り、理解する必要があるのです。
私達はそれが今実際に起こっている出来事であることを強く認識することが大事なのです。
もし、それでも「今の自分達のためだけに生きる」というのであれば、一度変化した環境はそう簡単には戻せないため、仕方が無いので新たな土地を探すしかありませんが、しかし、日本はそう広い国ではありません。
グローバリズム全盛の時代ではありますが、地球全体を考えたとしても、そしてこれからの世界の全人口を真摯に考えれば、所詮は限りある土地だといえるでしょう。
少し大仰な話で笑われるかもしれませんが、未だ人類は宇宙で生息する術を得てはいないということも認識する必要があります。
いつの日かは人類が宇宙で生息する為の術を得ることが出来るかもしれませんが、もしそうなったとしても、地球の環境を「今」生きる我々だけの利益のために「好き放題に荒らせばよい」などということには決してならないでしょう。
「環境を守る」、「人以外の他の生き物達の住む環境を守る」ということは、廻り回って私達、そして自分自身のためになるということを努々忘れてはならないとたいぞうは思うのです。
![]()















