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自然食

酒清水風景

 

 

玄米屋たいぞうで炊き上げる玄米ごはんは、たいぞうの地元である福井県鯖江市の農家さんが玄米食専用に栽培したコシヒカリ玄米を使用しています。

 

 

微生物自然農法で栽培したコシヒカリ玄米を、風と日光により自然乾燥させることで、米本来の豊かな風味が引き出され、格別に美味しい玄米ごはんが楽しめます。

 

 

そしてさらに美味しい玄米ごはんを目指して、玄米屋たいぞうでは洗浄する際や、浸水する際、炊飯する際の水にもこだわりを持っています。

 

 

 

 

酒清水風景

 

 

福井県のおいしい水に認定されている鯖江市片上地区近くにある『酒清水』です。

 

 

 

 

 

酒清水風景

 

熊に注意!の看板!?

 

 

 

山の岩の間から流れ出てくる湧き水は常に豊富な水量を湛えており、美味しい水を求めてこの酒清水を汲みに来る人たちが絶え間なく、ひっきりなしに訪れています。

 酒清水風景3.jpg

 

柔らかくまろやかな口当たりのこの清水は、地元の人達のみならず、他地域も含めた非常に多くの方々から愛され続けている福井県の誇る名水なのです。

 

 

 

 

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普段から玄米ごはんを食べている人の中には”健康のため”に玄米ごはんを食べている方々が多いのではないかと察しています。

 

 

そこで思うのですが、玄米ごはんを食べることは本当に健康に良いのでしょうか?

 

玄米ごはんを食べることが、なぜ健康に役立つのでしょうか?

 

 

 

玄米のメリットを調べてみると、様々な営養成分が豊富に含まれていることが、主に挙げられています。

 

 

なるほど、玄米ごはんを食べることによって様々な営養を摂取することができるため、玄米は健康に良いと考えられているようです。

 

 

 

では、もし様々な営養を摂取することこそがより健康に結びつくと言うのであれば、その営養成分を抽出したサプリメントをつくり、手軽に摂取できるようにすれば良いのでは?と考えられますが、玄米屋たいぞうはそのような安易なカタチでの営養摂取による、ヒトの健康の確立には疑問と懸念を抱いています

 

 

 

野菜の栽培などの例を考えれば理解できますが、ただ良い栄養を与えることが、丈夫な野菜の成長につながるというわけではなく、実はある程度満たされない状況下に置いてやった方が、深く根を張ることにつながり、最終的に丈夫な作物に育つということが、昔から経験則として知られています。

 

 

そういったことを踏まえて、玄米ごはんのような”粗食”を摂取することで得ることの出来る本質的なメリットとは、各営養素群の摂取だけではなく、人の肉体にちょうど良い負荷をかけることで、自身の能力が向上することに役立つことなのではないかと、玄米屋たいぞうは考えているのです。

 

 

 

もちろん、良質な営養の摂取も大事な事ではありますが、足りなければ足りないで、いくつかの営養素においては、自分の体内で合成する能力を、人間は持ち合わせています。

 

 

もし、あらゆる営養に常に満たされた状態に置かれ続けているとすると、その状態に慣らされた肉体は、本来持っている能力を活かす必要がなく、眠らせてしまうことになります。

 

 

ですから、そのような状態に慣らされてしまうと、逆に豊富な栄養に満たされた状況でないと生きていけないような、脆弱な肉体になってしまう恐れがあるというわけなのです。

 

 

 

ところで、ネット上では玄米食に批判的な意見や、一部の書籍に否定的な意見が書かれてはいますが、私に言わせれば、玄米を好きではない人が、無理やりデメリットを探し出しているようにしか見えません。

 

 

どのような食べ物にも、人にとって何かしらの良い面と悪い面があって当たり前であり、物事を浅はかに判断するのは、ただただ愚かなことと言えるでしょう。

 

 

人にとって良いと考えられるものばかりを摂取することが、本当に良いことにつながるとは限りません。

 

 

人にとって良いと考えられていたことが、実は悪影響を与えていたり、人にとって好ましくないと思われるものが、逆に人の能力を向上させることにつながる、などということは往々にしてあるものです。

 

 

 

自然食品とは、まさに自然そのものであり、固かったり、苦かったり、酸っぱかったりと、人にとっては厳しいものであることが多いでしょう。

 

 

しかし、その厳しさこそが自然の与えてくれる試練であり、自然の本当の優しさといえるのです。

 

 

その試練を乗り越えることで、自身のより良い向上が導かれることになるのですから。

 

 

 

玄米ごはんを食べ続けることは、白米ごはんなどの現代食(つまり、人にとって優しい食)に慣らされた現代人には苦痛をともなう事かも知れません。

 

 

固い外殻に覆われている玄米を消化吸収するために、肉体の様々なところで負荷がかかり、また、精製された食品とは違い、アクなどや肉体にとってさほど不要な成分なども含まれているため、摂取することで様々な代謝活動を行う必要があるなど、玄米とは決して肉体にとって楽な食品ではないと言えるでしょう。

 

 

しかし、その自然の試練を乗り越えることで、強靭な肉体を手に入れることが出来、それにより様々な病気などに打ち勝つことができる様になるのではないかと、玄米屋たいぞうは考えています。

 

 

 

そして、それこそが”玄米食で得ることの本質”であると、私は考えているのです。

 

 

(玄米食の本質と秘訣 其の一 は、こちらをクリックするとご覧になれます)

 

 

 

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先日、木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」という本を読んでみました。

 


読み終えたときには、この本との出会いと木村秋則さんの存在に、心から感謝したいという気持ちでいっぱいになったものです。

 


なぜなら、その本の中には、私が玄米ごはんを通じて、皆さんに伝えたい事と、まさに同様の意味をもつことが書かれていたからなのです。

 

 

木村秋則さんは、絶対不可能とまで言われたリンゴの無農薬栽培を、約十年近くの苦闘の末、成功させた青森県のリンゴ農家の方です。

 


木村さんの成功の裏には8年間の失敗があったことが、その本の中では書かれていますが、その失敗の最大の原因として「目に見えることだけを考えていた」ということを如実に物語った内容となっています。

 


 
木村さんは無農薬栽培を試みてからの8年間、ずっと農薬の代わりになるものを探すことや、周囲の草むしりなど、もっぱらリンゴの木の周りの環境を整えることを重視し、そのために労力を費やしてきたそうですが、それら全てが間違いだった、つまり、リンゴの木の地上の部分、幹や枝、葉っぱなどや、それに付く虫だけを
見て、それらをなんとかしようと考えていたことが間違いだった、と木村さんは語っています。

 

これは多くの人達の考えについて、私が以前から指摘していることと、正に同じことです。

 

 

リンゴの木を人の体に例えれば、周囲の環境や食べ物を良いものにすれば良いと考えたり、体の外見ばかりに気を遣い、何とかしようと考えることが、木村さんの言う所の「間違い」になるのです。

 

 

木村さんが見つけた無農薬栽培の成功のきっかけは、リンゴの木の、人の目には見えないところ、つまり根っこやその環境(土壌)を考えることにあったのですが、人においては内臓や、それらを取り巻く環境を考える事がリンゴの木同様、大事なことになるのではないかと、私は考えています。

 


 
私達はどうしても目に見えることや、実際に感じることばかりを信じてしまう傾向にあります。

 


私達は自身の内臓の環境がどうなっているかを、直接見ることは出来ませんし、内臓がどの様に働いているか、などということも、自分では見ることも感じることも出来ません。

 


ですから、実際に見ることの出来る外見ばかりに気を遣ったり、自身が実際に心地良く感じることの出来る、旨い食べ物や、美味しい食べ物ばかりに囚われてしまいがちです。

 

 


しかし、木村さんの見つけた答えが物語っている様にそのような事ばかりに囚われ、体を甘やかし続けることは、肉体を本来あるべき姿から、より脆弱な姿へと導いてしまう恐れがあるのです。

 


そしてさらに危惧すべきは、子供がそのような親の姿を真似することで、それによって脆弱になった肉体の遺伝情報を、子や孫へと受け継いでいってしまう所にもあるのです。

 

 

現在、日本の食の環境は、大衆が本能の赴くままに求めるような美味しい食べ物、旨い食べ物ばかりが溢れ、手軽に得ることの出来る、非常に恵まれた状態です。


そして、より手軽にさらなる美味しい食べ物を得ることは、大きな快楽をもたらすため、誰もがその欲望を否定することに疑問を持ちません。

 


私はそのような環境の中で、先人達の尊い教えである「あらゆる食べ物に感謝して頂く」という美徳は、いつのまにか忘れ去られてしまったように思うのです。

 


旨かろうが不味かろうが、美食であろうが粗食であろうが、あらゆる他の存在を頂くことに感謝する心を育むこと、それこそが、より良い未来を導くことになるのではないでしょうか。

 

私はそう思えてなりません。

 

 玄米屋たいぞう便り3

 

 

 第2号 「飽食と粗食」 に戻る 

 第4号 「人は玄米が嫌い!?」に進む

 

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木村さんの奇跡のリンゴの本

 

 「無農薬でりんご畑を作る」という一大事に、挑戦しきった素晴らしい人物、木村秋則氏を紹介する本を読んでみました。

 

読み終えて思ったことは一つ、木村氏の経験したことを広く伝えることは非常に重要だなァ、ということです。

 

 

この本は少しでも多くの人達に読まれて欲しいなァ・・と思いました。

 

 

それもできれば、小さな子供を抱えるお母さん方に是非読んで欲しいとも思っています。

 

 

なぜならこの本を読めば、いかに現代人の環境が「人として生きること」にとって危ういものとなりつつあるかを、気付くきっかけになるのではないかと思うからなのです。

 

 

一般に白米ごはんと比べてマズイと思われている玄米ごはんに、なぜ私がこれほどまでにこだわり続けているか、そして私が玄米ごはんを通じて多くの方々に伝えたいことの意味が、この本を読むことでご理解いただけるのではないかとも思います。

 

私には圧倒的に経験が足りないので、いくら口で言っても説得力がない場合が多いのですが、木村さんならそのようなことはないでしょう。

 

 

私が伝えたいことを書き出すと長くなってしまいますので、二つだけ言わせてもらうなら

 

「自分にとって良かれと思ったことが、実はそうではないことが往々にしてある」

「甘やかされた環境に置かれ続ければ、そのような環境でしか生きていけなくなってしまう」

 

ということです。

 

 

そして、それらは「食」においても例外ではないのです。

 

 

けっして「無農薬のりんごを食べることが体に良い」とか「無農薬の玄米を食べることが体に良い」などという、表面的な出来事を言っているわけではありません。

 

 

玄米屋たいぞうの想い50 ” 食事崩壊と心の病 ” につづく

 

 

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 玄米屋たいぞうの発芽玄米酵素ごはん

 

 玄米ごはんを食べることの最大のメリット、本質は

 

「より少ないエネルギー(カロリー)で人間に必要な営養を充分にとることが出来ること」

 

 と、玄米屋たいぞうは考えています。

 

 

 

ですから旨い食事を楽しみ、たくさんの美味しい食べ物を食べる際には玄米ごはんを共に食べることはあまり向いていません

(玄米ごはんを楽しむためには、玄米屋たいぞうは粗食のスタイルをお勧めします)

 

まずはそういったところをご認識いただけますと幸いです。

 

 

現代の飽食の文化などが原因で引き起こされる「現代病」「自然破壊」などの様々な問題を、

より良く解消するための手段として古代食「玄米ごはん」を食生活に取り入れることが、

今の日本には必要だと玄米屋たいぞうは考えています。

 

ただし、玄米屋たいぞうはけっして「玄米菜食を続けなければならない」とか「肉食をしてはいけない」などと提案しているわけではありません。

 

 

福井の田んぼ 

 

 より良い食べ方の手段の一つとして、

玄米ごはんという食べ物を日々の暮らしに

 取り入れることを提案しているのです。

 

 

 

 

 少しでもたくさんの人達が玄米ごはんを好きになってくれたら・・・

 

 それが玄米屋たいぞうの夢であり、目標です。

  

 

 

 

玄米食用の玄米は無農薬栽培またはそれに近い減農薬栽培のものでないと基本的に美味しく感じない場合が多いようです。

(何故か、はっきりとした理由は私もわかりませんが・・)

 福井米

 

お客様が玄米のままで食べるということを理解されている農家さんが栽培したお米を購入することも非常に大事でしょう。

 

 

米に限らず、どのような食べ物も、生産者さんはお客さんが美味しく食べてもらえることを願って作っているものですが、お米作りをしている農家さんは大抵の方々が「お客さんは白米ごはんで食べるもの」と思い込んでいます。

 

タニシ君白米ごはんで美味しく食べてもらうことを想像しながら栽培したお米であるにも関らず、玄米のままで食べられては、農家さんはあまり嬉しくはないかも知れません。

 

それに、お客様が玄米のままで食べるということを想定していない農家さんは、より美味しい玄米に育てる工夫をこらすようなことはしないものです。

 

ですから、本当に安心で美味しい玄米ごはんを楽しもうとするのであれば、玄米食に理解のある農家さんが栽培したお米を選択することが大事なのです。

 

 

玄米食を美味しく楽しむための3つの秘密はこちらから

 

 とんぼちゃん

もし玄米ごはんを好きになってくれる人がますますと増えてくれるようになれば、無農薬有機栽培を手がける農家さんが必然的に増え、様々な生き物が共存する環境もが日本中で増えることになります。

 

 

たくさんの存在と共存することのできる世界を次世代につなぐ

 

それも玄米屋たいぞうの夢であり、目標であります。

 

 

また、米国などのセレブ達のあいだでは玄米菜食という食事法が人気ですが、日本での有機農法などクオリティの高い米作りがますます発展すると、他の先進国へのより高値での米の輸出も可能になるかも知れません(これはあくまでも妄想ですが・・・

 

(玄米食の本質と秘訣 其の二 は、こちらをクリックするとご覧になれます)

 鳥さんどじょうさん

 

 

 

 

 

 

 

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玄米屋たいぞうの扱う玄米は主に福井県産コシヒカリ

(その他にキヌヒカリも取り扱っております)

 

 

大野市、坂井市、鯖江市にて玄米食専用(減農薬栽培、または農薬不使用、有機肥料使用)に栽培された安心の玄米です。

 

 

 

減農薬栽培の玄米は、初期一発型除草剤を田植え初期に一回のみごく少量使用していますが、ほぼ無農薬栽培に近い農法といえます。

 

 

残留農薬検査ではもちろんすべての残留農薬がゼロです!

 

 

農薬不使用の玄米については、JASの認証申請をしておりませんので「無農薬」という表現はできませんが、5年以上の間、農薬は一切使用しておらず、肥料も米ぬかを主としたボカシ(有機肥料)を使用して栽培しています。 

 

  

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現代病の原因は、現代の日本の飽食の文化が主な原因の一つですが、皆さんも理解はされていても、実際には誘惑に負けてしまうことが多いなあ・・・、というのが実際のところではないでしょうか。

 

 

しかし、だからといってそのまま誘惑に流されていれば、後々に後悔することになりかねません。

 

 

また、安易な健康食品の摂取に走っても、「楽して良い事はない」というのは、古今東西の出来事を考えれば明らかなことです。

 

 

楽して健康を得ようとしている親の、そしてそのような背中をみて育った子供達に、明るい未来が待っているとは、私にはけっして考えられません。

 

 

私は、いまだにエスカレートし続ける今の日本の飽食文化の中で、その人間の欲望をより良い方向に導くための「食」のあり方として「玄米」にスポットを当てています。

 

 

そしてその「玄米」を先人の知恵と現代の技術により、より美味しく、そして現代生活にあった形で提供しています。

 

 

皆さんの普段の食生活にも是非、玄米ごはんを中心とした食事を取り入れてみてはいかがでしょうか?

  

 

(玄米屋たいぞうの「発芽玄米酵素ごはん」のより良い食べ方のチラシを以下に表示します)

 発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方

 

発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方2

 

 

 

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自然食志向の方々の間では、しばしば旨み調味料(化学調味料)の存在が批判されることがあります。

 

 

なぜそれらの存在が否定されるのか?

 

少々だらだらと書き綴った内容ですが、私なりに考察した過去のブログ記事がありますので、興味をお持ちの方は以下をクリックしてご覧下さい。

 

 

なぜ化学調味料がダメなのか クチコミまっぷブログ編

 (クチコミまっぷは運営者の都合によりサービス閉鎖となりました)

 

どうして旨み調味料がだめなの? エリアブログ編

 

 

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  食文化のあり方というものを考えるときは、過去と現在、そして未来をしっかりと見つめる必要があります。

 

 

 私達日本人がこれまでどのような食生活を営んできたのか?

 

 そして今どのような食生活を営んでいるのか?

 

 これから生きる人達はどのような食生活を営んでいくべきなのか?

 

 

 私は今、過去と現在をしっかりと見つめることで、次世代に伝えていくべき食文化のあり方を見出すことに意義を感じています。

 

 

 

 日本は終戦後、自由市場原理に基づいた資本主義社会の形成を歩んできたため、物質的な繁栄を飛躍的なスピードで果たすことに成功しました。

 

 人間の欲望を最も効率的に満たす手段が資本主義だということなのでしょう。

 

 

 資本主義の定義では、あらゆる事象において、あくまでも一人の人間の欲望の追求を優先させます。

 

 つまり、複数の人間の集まりであるコミュニティの欲望をかなえるということは、一人の人間の欲望をかなえることの前には屈服してしまうというのが資本主義の前提なのです。

 

 

 現代の日本は「食」のシーンにおいても、個人の欲望を最も満足させることのできる商品やサービスで溢れかえるようになりました。

 

 そしてそのような商品、サービスは市場原理の中で、まだまだ増え続けることでしょう。

 

 

 あくまでも「個人の欲望を満足させるもの」が優先して市場を席巻するのであり、コミュニティの欲望を満足させるような商品やサービスは、個人の欲望の前には隅に追いやられてしまうのです。

 

 

 コミュニティを日本という国で考えたとき、日本人全体がより良く生きることのできる食のあり方というものをどれほど提案したところで、市場原理においては、各々の個人が欲する食が何よりも優先させられてしまいます。

 

 

 今の日本という国は市場原理と飽食の文化の中で、人の本能をただ満たすことのできるハイカロリーな食物、柔らかい食物、甘い(旨い)食物がばかりもっとも脚光を浴び、非常に安価に、そして何時でも手軽に手に入れられるようになっているのです。

 

 

 私は資本主義をただ否定しているわけではありませんが、「食」の分野については、これ以上資本主義主導のままに歩み続けるのは、世代間コミュニティの崩壊を招くのみと考えています。

 

 

 

 世代でコミュニティを考えたとき、「子々孫々がより良く生きることができるような食や環境を残すこと」がコミュニティとしての欲望になります。

 

 

 つまり子供達が健やかに育ち、より良い肉体を形成し、次の世代にさらなる進化を繋ぎ、永く健康でいることの出来る様な「食」や「環境」を欲することがコミュニティ、つまり「私達」という共同体としての欲望になるのです。

 

 

 おそらくほとんどの人たちがこのような欲望を持って生きていると信じたいのですが、市場原理と資本主義思想の前では「より美味しい食」や「より手軽に摂取できる食」を欲するという個人の欲望のほうが優先され、その欲望を叶えるための商品や手段が市場を席巻してしまっているのが実際のところです。

 

 

 こうした今の日本の状況を踏まえた上で、玄米屋たいぞうが考える次世代に伝えていくべき食文化を、以下に述べたいと思います。

 

 

 

 玄米屋たいぞうはこれまでずっと本当の意味で人に喜んでもらえるようなサービスを提供できるよう、考え続けてきましたが、おそらく個人の欲望とコミュニティとしての欲望の両方すべてを叶える手段は無いといえるでしょう。

 

 個人の「今食べたいものを食べる」という単純な欲望は、決して未来を見据えたものではないと思います。

 

 

 人間がより美味しい食べ物、より旨い食べ物を求めることは、より多くのエネルギーを必要とすることに他なりません。

 

 

 玄米屋たいぞうの想い16でも述べたように、エネルギー保存の法則に基づくと、より多くのエネルギーを必要とするということは、その代償としてその分の何かを捨てなければならないということがあります。

 

 

 そしてもう一つ、「食べ物を獲得することが、より便利になる」ということは、「生物として怠惰になる」ということを認識する必要があります。

 

 

 若年の頃から、噛む必要の無い様な柔らかい食べ物ばかり摂取し続けたり、サプリメントなどの直接的な栄養の摂取を続けることは、肉体をただ甘やかし続けることとなり、生物としての退化を促すことにもなるのです。

 

 

 以上のようなことから、本当に人の為となる「食」を提案するためにはより少ないエネルギーでより良い生を得ることの出来る「食のあり方」を考えることや、肉体にある程度のストレスを与える食事を楽しむ手段を提供することが、次世代に繋ぐべき「食のあり方」の一つとして重要であると私は結論付けました。

 

 

 

 赤ちゃんに大人が食べるような苦い食べ物や酸っぱい食べ物をちょっと舐めさせたりすると、とたんに泣き出したり、嫌な顔をしたりします。

 

 しかし砂糖水を舐めさせると笑顔で嬉しそうな態度をとります。

 

 

 これが本能レベルでの欲求の違いです。

 

 

 本能の欲求に忠実であるということは、ただ幼稚であるということといえるでしょう。

 

 

 春の味覚の一つであるふきのとう。

 

 とてもアクがつよく苦いので私は子供の頃は嫌いでしたが、様々な食体験を経て、今の私の好物の一つに挙げられます。

 

 つまり本能においては苦い食べ物というのは敬遠されるものですが、それを乗り越えたことで苦い食べ物からも栄養を摂取することが出来るようになったのです。

 

 

 本能を乗り越え、様々なものを摂取することが出来る雑食性の生物に進化したからこそ、人間は生物界の頂点に立つことができたのです。

 

 本能を乗り越えたところに喜びを見出すことが出来るからこそ、生物としてのより良い進化を果たすことができるのです。

 

 

 

 「昔からの伝統食を未来に残すという具体事例だけではなく、精神的な文化を伝えていく」

 

 

 それが今のたいぞうが考える、より良い食文化を創り上げるために必要な心の在り方です。

 

 

 玄米屋たいぞうは本能を乗り越えたところにある喜びを見出し、その喜びを伝えることでより良い文化を後世に伝え、子々孫々のより良い繁栄をもたらすことが出来るようなサービスを、これからも考え続けていきたいと思います。

 

 

 玄米屋たいぞうの想い46 ” 玄米屋たいぞうという店 ” につづく

 

 

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人間の欲望には限りがないとよく言われますが、食欲にもやはりそれが当てはまるようです。

 

日本は本当にすばらしい国で、四季折々の海の幸、山の幸などのたくさんの旨いもの、美味しいものに囲まれています。

 

にもかかわらず、人はもっと旨いもの、もっと美味しいものをと求め続け、今や世界中の食が簡単に手に入る世の中になりました。

 

それで満足できればよいのですが、それらがいつでも手に入ることや、さらに旨いものをと求め続ける始末です。

 

求める人がいるならば、それに応えるのが商売ですから、企業側もいつでも手に入れることが出来、より旨く、より美味しい食を様々な工夫を重ね、どんどん開発、提供しています。

 

しかしその工夫が問題なのです。

 

「 食品の本来の性質を変化させない 」工夫なら問題ないのですが、より旨いものをいつでも提供することができるようにするために、どんどん食品の本来の性質を変化させているのが現状です。

 

スナック菓子を例にとっても30年前のものと現在のものとでは相当な変化の違いがあります。

 

30年前はせいぜいアミノ酸の添加程度だったのが、現在は遺伝子組み換えの食材を使用していたり、様々な旨み調味料や酸化防止剤などが多量に使用されていて、味の違いにおいても現在のスナック菓子はパンチの効いたより刺激的な味に仕上がっています。

 

日々開発される様々な添加物の使用や遺伝子組み換えなど、より旨く、より美味しい便利な食品には本来の性質とかけ離れた姿があるのです。

 

より便利でより旨い食を求める人が多数のなか、まだまだそのような食品が出続け、ますます本来の性質とはかけ離れた食品が増えていくことでしょう。

 

しかし私は自分の子供達にそういった食品はできるだけ食べさせたくありませんし、私に関わる人たちに良質な本来の食品を提供する場を創りたいという思いを持っています。

 

それが 「食彩浪漫 たいぞう 」(玄米屋たいぞうの前身です)の始まりでした。

 

 

玄米屋たいぞうの想い3 ”食彩浪漫たいぞうの業務 ” につづく

 

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