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玄米屋たいぞう便り

 

 現在、日本国民の平均寿命は、男性79歳、女性86歳と、世界中で最も長く、最長寿国としての名声を広く集めています。

 


 なぜ今の日本人は、それほどまでの長寿を誇ることができたのでしょうか。

 

その理由には諸説ありますが、最も貢献したと考えられる要因を順に挙げると、

 

 ① 医療技術の進歩および授与機会の向上

 ② 新生児、ならびに若年層の死亡率の大幅な低下

 ③ 食事による栄養状況の改善


などが考えられています。

 

 しかし、①、②につきましては、その長寿貢献に何ら疑問の余地はありませんが、③の「栄養状況の改善」には若干の疑問が生じます。

 

 本当に今の日本の食事の状況、豊富な栄養状況が、長寿の更新に貢献していると言えるのでしょうか。

 

 

 もし、豊富な栄養状況が、寿命のさらなる伸びにつながるというのであれば、日本よりもずっと以前から富める国々であった西欧諸国の人達の方が、日本人よりも長寿でなければ、話に矛盾が生じます。

 

 


 今現在、長寿を更新し続けている高齢者の方々の若かりし頃は、決して今のような栄養豊富な食料に恵まれた環境ではありませんでした。

 


 現在、60~100歳の方々が、若年であったときの食事体系は、欧米諸国のような肉食文化、高タンパク、高カロリーのものでは決して無かったのです。

 


 ですから、そのような方々が、西欧先進国の人々よりも、長寿を全うしている背景には、栄養のみならず他の何かが重要な影響を与えていることが考えられます。

 

 

 「日本の食生活が諸外国と比べて優れている証拠」

 

と言う学者がいます。

 

 なるほど、私達の祖先が長い間培ってきた食生活のスタイルが、日本人の身体にとって相応しいものであることに、まったく異論はありません。
 

 

 しかし、「現在の日本の食生活」が優れているとは、とても考えられません。

 

 より美味しいもの、より旨いもの、より快楽が満たされるものばかりが市場にはびこり、我々の祖先が培ってきた伝統食は、市場の片隅どころか場外に追いやられてしまっているのが「今」の実情です。

 

 

 一昔前、沖縄県が長寿日本一の県として名を轟かせていたことは、まだ記憶に新しいことでありますが、数年前には、男性の順位が大きく転落してしまっています。

 

 その原因として、沖縄の50代以下の人達に、いち早く広がった欧米型の食習慣が、大きく影響していると考えられているのです。

 


 そのような事例からも、このまま多くの人々が、今の日本に溢れる「食の欲望」をコントロールできない様であれば、おそらく昭和10~20年代生まれの人々までが、平均寿命の向上に貢献できる限界ではないかと考えられます。

 

 

 それでも、国民の栄養摂取状況は大きく改善され、医療技術は日進月歩の進化を遂げており、それによる延命効果は今以上の成果を上げることは間違いないでしょう。

 

 しかし、「健康」とは「延命」ではありません。

 

 

 本当の健康を考えれば、「肉体の能力の維持向上」こそが最も重要であり、そのためにはその人に見合った「適度なストレス」こそが欠かせません。

 


 肉体の筋肉や内臓などに、常日頃から適度なストレスが存在する環境にあってこそ、その能力は維持向上されるのです。

 

 現代食の特徴として、内臓などに負担のかからないような、体に優しいものばかりであることや、味覚のみを追求した、高栄養のものばかりであることが挙げられますが、そのような栄養過多の食習慣で、なおかつ肉体を甘やかし続けているようであれば、どれほど栄養の改善を図ろうとも、実は成人病などの様々な病気を招くことになるだけである事に、早く気付く必要があるのです。

 

 

玄米屋たいぞう便り5

 

 

今や、どの医療関係書籍を読んでも、玄米ごはんを日々の食生活に取り入れることは、人にとって様々な面で、良い恩恵があることが説かれています。


であるにも関わらず、玄米ごはんを食べることを敬遠する人が、まだまだ非常に多い、というのが実際の所です。

 

 

なぜ、ヒトは玄米ごはんを食べることを敬遠するのでしょうか?

 

 

 ヒトは原始的な脳が求める、つまりは「本能」が優先的に求める食料として、自身の体にできるだけ負荷がなく、より効率よくエネルギーを摂取できるものを選択する傾向があります。

 

脂肪の多いもの   (g当りのエネルギーが最も高い)


甘いもの         (直接的にエネルギーとして使用される)

柔らかいもの     (肉体に負荷をかけない)


精製されたもの   (アクや雑味がないので、それらを処理するための余計な代謝活動を必要としない)
  

 

これらの食料の特徴は、すべて日本の現代食の特徴であるともいえます。

 

しかしながら、玄米ごはんにはそれらの特徴が何一つ当てはまりません。

 


玄米の主成分は炭水化物ですので脂肪は少なく、糠や膜、胚芽部分などには苦味や酸味などがあります。

 


白米と比べれば、食感は固くあたりますし、まったく精製されていない食品の一つです。

 

 

また、ヒトの食の嗜好には、成長期までの経験や親の食の嗜好が大きく関与し、成人すると本能的に求める食料以外のものに対しては、非常に保守的になる傾向にあるそうです。

 


ですから、ヒトが玄米ごはんを敬遠することは至って自然な事と言えるのです。

 

 

 

現在、飽食の環境に恵まれ、本能が求める食料ばかりで育ってきた私達現代人は、その効率性の良さにより、より大きな肉体を手に入れることに成功しました。

 


また、様々な薬や健康食品などが身近にあることも、その肉体にとって非常に優しい環境と言えるでしょう。

 

 

しかし今、その優しさの代償として、現代人は祖先から引き継いできた様々な能力を眠らせ、さらには、その能力がアダとなり始めている現実があるのです。

 

 

糖尿病やアレルギー、ガンなど現代病は、内臓内での免疫システム等の異常がきっかけとなり、起こる病気ですが、若年層でそれらの病気が増え始めたことには、甘やかされ続けてきた内臓が、その能力を退化させてしまった所にその一因があります。

 

人間が本来持っている能力を取り戻し、向上させる為には、適度なストレスの存在が不可欠です。

 

体に負担の少ない現代食に慣らされ続けてきた現代人にとって、玄米ごはんを食べることは、大きなストレスを感じることでしょう。

 

 

 


しかし、そのストレスこそが自身の内臓や代謝システムが正常に働くための良いトレーニングになり、自身の能力を向上させることにつながるのです。

 

 

玄米をスムーズに消化吸収することのできる内臓に変化し、それによって起こる様々な代謝活動に体が慣れる様になるまでは、大体3ヶ月くらいかかります。
(筋力トレーニングで筋力がアップするのと同様です)

 


そして玄米のような、難消化性の食物繊維を多く含む食料を中心に摂取し続けることで、腸内の細菌構成などが、日本人にとって最もふさわしい状態に変化します。

 

 

その結果、本来ヒトが持っている様々な能力が活性化することにつながり、具体的には、免疫システムの向上などといった様々な恩恵を得ることができるのです。

 

 

 玄米屋たいぞう便り4

 

 

 

先日、木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」という本を読んでみました。


読み終えたときには、この本との出会いと木村秋則さんの存在に、心から感謝したいという気持ちでいっぱいになったものです。


なぜなら、その本の中には、私が玄米ごはんを通じて、皆さんに伝えたい事と、まさに同様の意味をもつことが書かれていたからなのです。

 

 

木村秋則さんは、絶対不可能とまで言われたリンゴの無農薬栽培を、約十年近くの苦闘の末、成功させた青森県のリンゴ農家の方です。


木村さんの成功の裏には8年間の失敗があったことが、その本の中では書かれていますが、その失敗の最大の原因として「目に見えることだけを考えていた」ということを如実に物語った内容となっています。

 


 
木村さんは無農薬栽培を試みてからの8年間、ずっと農薬の代わりになるものを探すことや、周囲の草むしりなど、もっぱらリンゴの木の周りの環境を整えることを重視し、そのために労力を費やしてきたそうですが、それら全てが間違いだった、つまり、リンゴの木の地上の部分、幹や枝、葉っぱなどや、それに付く虫だけを
見て、それらをなんとかしようと考えていたことが間違いだった、と木村さんは語っています。

 

これは多くの人達の考えについて、私が以前から指摘していることと、正に同じことです。

 

リンゴの木を人の体に例えれば、周囲の環境や食べ物を良いものにすれば良いと考えたり、体の外見ばかりに気を遣い、何とかしようと考えることが、木村さんの言う所の「間違い」になるのです。

 

木村さんが見つけた無農薬栽培の成功のきっかけは、リンゴの木の、人の目には見えないところ、つまり根っこやその環境(土壌)を考えることにあったのですが、人においては内臓や、それらを取り巻く環境を考える事がリンゴの木同様、大事なことになるのではないかと、私は考えています。

 


 
私達はどうしても目に見えることや、実際に感じることばかりを信じてしまう傾向にあります。


私達は自身の内臓の環境がどうなっているかを、直接見ることは出来ませんし、内臓がどの様に働いているか、などということも、自分では見ることも感じることも出来ません。


ですから、実際に見ることの出来る外見ばかりに気を遣ったり、自身が実際に心地良く感じることの出来る、旨い食べ物や、美味しい食べ物ばかりに囚われてしまいがちです。

 


しかし、木村さんの見つけた答えが物語っている様にそのような事ばかりに囚われ、体を甘やかし続けることは、肉体を本来あるべき姿から、より脆弱な姿へと導いてしまう恐れがあるのです。

 


そしてさらに危惧すべきは、子供がそのような親の姿を真似することで、それによって脆弱になった肉体の遺伝情報を、子や孫へと受け継いでいってしまう所にもあるのです。

 

 

現在、日本の食の環境は、大衆が本能の赴くままに求めるような美味しい食べ物、旨い食べ物ばかりが溢れ、手軽に得ることの出来る、非常に恵まれた状態です。


そして、より手軽にさらなる美味しい食べ物を得ることは、大きな快楽をもたらすため、誰もがその欲望を否定することに疑問を持ちません。


私はそのような環境の中で、先人達の尊い教えである「あらゆる食べ物に感謝して頂く」という美徳は、いつのまにか忘れ去られてしまったように思うのです。


旨かろうが不味かろうが、美食であろうが粗食であろうが、あらゆる他の存在を頂くことに感謝する心を育むこと、それこそが、より良い未来を導くことになるのではないでしょうか。

私はそう思えてなりません。

 

 玄米屋たいぞう便り3

 

 

 

 

 

 世のご年配方の中には、若者の食生活の乱れを嘆き、軽蔑する方が少なくありません。

 


 しかし、今の子供達やこれから生まれてくる子供達が、自ら望んで今のような飽食の世の中にしたわけではないのです。

 


 飽食の世界に導いたのは、まぎれもなく我々大人だということを、しっかりと認識しなければなりません。

 


 私たち大人が、自分のその場の欲望を満たすものばかりを望んできたが故に、今のような「飽食日本」の姿があるのです。

 

 

 

 今のお年寄りが若者であった頃の、約60~70年程前の日本は今とは違い、たくさんの人達がその日に食べる食べ物にすら困っていた時代であったといいます。
 

 

 そのような貧しさの中で、ひたすらに勤労に勤しみ、食べ物に困ることの無いように頑張って来た、今のお年寄り達のおかげで、日本は他の国々と比べてもトップレベルの、様々な食べ物に恵まれた非常に豊かな国となりました。

 


 しかし、これほど豊かになったというのにも関わらず、さらなる「食の欲求」を膨らまし続けている我々大人が、今の「飽食日本」を創り続けています。

 

 

 多数の人間が「旨い食べ物」や「美味しい食べ物」ばかりを盲目的に追求し、そのような「商品」ばかりを支持し続けてきたことにより、今の日本には食の欲望をあおるばかりの「商品」で溢れかえるようになってしまいました。

 


 自由市場原理により、大多数が求める「旨さを追求した食料」が市場を席巻し、ストレートな旨さでは劣るような日本の伝統食などはスミに追いやられる一方です。

 


 「いや、伝統食だってちゃんとある!」という声もあるかもしれませんが、残念ながら、様々なうまみ調味料などを添加した「旨さを追求した食料」にすりかえられている場合がほとんどです。

 


 また、最近では健康ブームの煽りもあり、簡単に豊富な栄養を摂取できるような食品が支持されるようになりましたが、これも「手軽さ」や「旨さ」や「美味しさ」などを追求した、人の目先の欲望をあおり続ける「商品」であるといえるでしょう。

 

 

 しかし、子供達や若者は大人の背中を見て育っていくのです。

 


 我々大人が、自分の目先の欲望ばかりを満足させるような「商品」を支持し続けている、そのような背中をみて育った子供は当然、同じように自分の目先の欲望を膨らませ、満足させることに何の疑問も持たないことでしょう。

 


 すでに飽和している日本の食の市場において、目先の欲望を煽りつづけるような商品を支持し続けることがどれだけ危険で、どれほど愚かなことか、まず私たち大人が気付く必要があります。

 


 個人のその場の欲望ばかりを必要以上に満たすような食料にに恵まれ、その欲望を節制できない者を待ち受けていることは「文明病」という名の自然の淘汰なのです。

 


 伝統を守ることを放棄し、目先の欲望を重視してきたことを今こそ反省し、まず私たち大人が好き嫌いなどをなくす努力をしましょう。

 


 苦い、酸っぱい、固いなどの雑味のある、一般に「不味い」と呼ばれるような食べ物や、先人が食してきた粗食なども「慈しむ心」を育みましょう。

 


 そして、より良い未来へつなぐべき食のあり方を真摯に考え、改めて伝統食というものを見つめなおし、その上で現代にあった「より良い食のかたち」に共に発展させていこうではありませんか。

 

玄米屋たいぞう便り2

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